自由主義と共産主義の間、グローバリズムとナショナリズムの間の今は何処? <外道たちの最中で> 切ない事情
Posted by 残心 - 2014.07.07,Mon
●情報の視方について
情報の捉え方について自分の頭を整理する意味もあって、例えば「集団的自衛権」で考えてみようと思う。最近マスコミ等でこの問題がカマビスシイが、この行方によって今後の日本の防衛を大きく変えるそうである。
勝手な解釈で大きく捉えると、以下のような図を考えるとわかりやすいのではないかと考える。
かなり無理がある分類であるが、「例え」としてこらえていただきたい。
これを前提としたところで話を進める。
上記の分類のうちメディアを通じての情報発信者は「反対派の確信犯」と「賛成派の利権組」であろう。
その他ネットなどを通じての発信者も近年影響力が増大しているが、ネットの影響力はまだ少ないのではないだろうか。
通常の社会人は多忙であり、情報を集めて分析するような余裕は有していないのが実状であるはずだ。 そして一般に情報の受け止め方というのは、意外と第一印象が大きいと考えている。
ゆえに新聞・テレビ等で見た情報が、その人の見識を形成してしまう。
メディア等はその道のプロであるので、この「反対派の確信犯」と「賛成派の利権組」の記事または映像を見るとさすがに見せ方が上手く、分かりやすさを重視している。
よって少ない時間の中でこれを見て判断するとなると、その見た側の意見に染まってしまうのは仕方がないことである。
たまたま見たテレビで、「自衛隊が戦争に参加させられてしまう」などと煽られると、「それはいけない」なんて思う瞬間があったりする。
何が言いたいのかというと、常に「自分なりの視点」を持っていないと、結局見たり聞いたりした情報にただ翻弄されるだけになってしまう、ということである。
だから問題に関わる以前に、「基本的な考え方というのがないと流されるだけですよ」ということである。
自分は集団的自衛権の問題に関して言えば、その議論自体にあまり関心がない。
「戦争できない国」であれば攻めた国に蹂躙されるがままであり、その攻撃国は外国の批判をどうかわすかだけが問題になる。
攻める国にとっては、「戦争できない国」があるのは大変幸運なことであろう。
悲惨な目に遭いたくなければ「戦争できる国」は当たり前で、それを戦争するという行動に移すかどうか、それが各国の問題なのである。
「憲法改正」「核武装」そして「平和主義」というのが、当ブログの基本的な考え方である。
そして「自分なりの視点」は、「困ったら大事なものを守る方を取る」ということである。
これを一般的に「保守」というのではないかと思います。

情報の捉え方について自分の頭を整理する意味もあって、例えば「集団的自衛権」で考えてみようと思う。最近マスコミ等でこの問題がカマビスシイが、この行方によって今後の日本の防衛を大きく変えるそうである。
勝手な解釈で大きく捉えると、以下のような図を考えるとわかりやすいのではないかと考える。
集団的自衛権 (自衛権は個別的自衛権と集団的自衛権に分かれているらしい)
<確信犯>戦争できない ― 中.朝.韓.在日.左翼系 =マスコミままにしたい リベラル・左派系
〇反対派
<情緒派>戦争できる国になる ― 左派的な国民 ・ 一般大衆
<利権組>軍需ガラミなど ― 日本を利用したい勢力.軍需産業
右派・保守系
〇賛成派
<保守派>自国防衛が必要 ― 保守的な国民 ・ 一般大衆
かなり無理がある分類であるが、「例え」としてこらえていただきたい。
これを前提としたところで話を進める。
上記の分類のうちメディアを通じての情報発信者は「反対派の確信犯」と「賛成派の利権組」であろう。
その他ネットなどを通じての発信者も近年影響力が増大しているが、ネットの影響力はまだ少ないのではないだろうか。
通常の社会人は多忙であり、情報を集めて分析するような余裕は有していないのが実状であるはずだ。 そして一般に情報の受け止め方というのは、意外と第一印象が大きいと考えている。
ゆえに新聞・テレビ等で見た情報が、その人の見識を形成してしまう。
メディア等はその道のプロであるので、この「反対派の確信犯」と「賛成派の利権組」の記事または映像を見るとさすがに見せ方が上手く、分かりやすさを重視している。
よって少ない時間の中でこれを見て判断するとなると、その見た側の意見に染まってしまうのは仕方がないことである。
たまたま見たテレビで、「自衛隊が戦争に参加させられてしまう」などと煽られると、「それはいけない」なんて思う瞬間があったりする。
何が言いたいのかというと、常に「自分なりの視点」を持っていないと、結局見たり聞いたりした情報にただ翻弄されるだけになってしまう、ということである。
だから問題に関わる以前に、「基本的な考え方というのがないと流されるだけですよ」ということである。
自分は集団的自衛権の問題に関して言えば、その議論自体にあまり関心がない。
「戦争できない国」であれば攻めた国に蹂躙されるがままであり、その攻撃国は外国の批判をどうかわすかだけが問題になる。
攻める国にとっては、「戦争できない国」があるのは大変幸運なことであろう。
悲惨な目に遭いたくなければ「戦争できる国」は当たり前で、それを戦争するという行動に移すかどうか、それが各国の問題なのである。
「憲法改正」「核武装」そして「平和主義」というのが、当ブログの基本的な考え方である。
そして「自分なりの視点」は、「困ったら大事なものを守る方を取る」ということである。
これを一般的に「保守」というのではないかと思います。

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