自由主義と共産主義の間、グローバリズムとナショナリズムの間の今は何処? <外道たちの最中で> 切ない事情
Posted by 残心 - 2014.10.16,Thu
どうやら日本は、欧米などよりも「言論の自由」がある国のようである。
上記によると戦時中に戦勝国が隠さないといけないような恥ずべき行為を行っていたのに対して、日本軍の行ったことは、ほとんど隠す必要がないまっとうな行為であったということではないだろうか。
そうでなければ日本軍がやった行為をそのまま拡散すればよいだけのことだが、戦勝国は日本軍の「蛮行」をでっちあげるには捏造しないといけなかった。
(ドイツに関しても事実を隠さなければならなかったようだ。)
一方で、自国のやった「蛮行」は隠蔽しないといけなかったため、「言論の自由」を制限しないといけなかった。
また、その日本の「言論の自由」には、昭和天皇が大きく貢献していたことなどまったく知らされていない。
どうやら日本は以外にも敗戦国の割には、「言論の自由」は守られている方のようである。
・言論の自由 (ねずさんのひとりごと)このようなことは中々聞くことができなかったが、なんと日本は戦勝国よりも「言論の自由」があるとのことである。
<一部抜粋>
『 公正に歴史を見たとき、経済の活性化と秩序の保持を目的にフランスを軍事占領したドイツと、「助けにやってきた」といいながら、数々の無法行為をはたらいた連合軍と、果たしてどちらが正義の味方であったのかは、なんとも言いがたい側面があるというのが、実情であったわけです。
ところがそのフランスでは、いまでもナポレオンの時代から第一次世界大戦、そして第二次世界大戦のときにあった事実を、戦勝国側からでない、公平な視点で本を書いたり、ネットで情報発信したりすると、警察に逮捕されます。
あくまでも戦勝国側の歴史認識以外は、一切触れてはならないし、書いてもいけないという法律があるからです。
ドイツも同じです。
ナチスの正当性やプロイセンの正当性、つまり第一次、第二次の世界大戦について、当時のドイツ国民の側に立って歴史を記述すると、やはり逮捕されます。そういう法律があるからです。
つまり、短く詰めて言うならば、言論の自由が、実は「ない」のです。
一方、第二次世界大戦を戦った日本は、なるほど占領下においては、言論の統制が行われたものの、それも最初の三年程度のことで、4年目以降には、それもずいぶんと曖昧になり、終戦から7年後のサンフランシスコ講和条約以降においては、すくなくとも、暴力を用いない限り、何を書いても、何を主張しても、言論の自由は守られました。
おかげで、極左から極右まで、さまざまな出版物が市場に出回ることになったのですが、なぜ日本ではこれが可能になったかといえば、シラス国、つまり情報共有化社会というのが、日本の古来からの国是であったからです。 』
______________
『 昭和天皇は、我が身が犠牲になってもかまわないから、国民を守ってほしいとマッカーサーに申し出ていますが、それも、その意図するところは、単に国民の命を守ってほしいということではなくて、国民の命ともいえる学ぶことと言論の自由を保持してもらいたいという意味であったのです。
ですから結果として、占領憲法でさえも、なんと言論の自由がうたわれることになりました。
そしてその代わり、皇室典範が改訂され、天皇は単なる国民統合の象徴とされてしまいました。
皇室典範の改訂は、この改訂によって皇位継承者は三親等までの皇族に限られてしまったわけですが、わが国の天皇は男系に限るとされているわけです。
つまり男の子が生まれてくれなければ、皇位の継承ができません。
けれど三親等以内となると、女の子しか生まれないケースも当然に生じるわけで、そうなると皇統が絶えてしまう危機さえも招くことになるのです。
昭和天皇は、そうした皇室の不利益になることさえも、みずから受け入れられ、その代わりに国民にはシラス国の本義ともいえる言論の自由を与えてくださったのです。
おかげで、左翼の人たちも、好き放題に過去の日本を悪く誹(そし)りました。 しかし、同時に、心ある人たちは、明治以降日本がやってきたことの正当性をきちんと記録し、世の中に遺して来ることができました。
そのおかげで、いま、わたしたちは政治的に歪められていない、本当の日本の歴史や、かつて勇敢に戦い散って行かれた英霊たちの栄誉を知ることができます。 』
______________
『 私たちは、いま、売国左翼から、保守まで、さまざまな議論や意見、歴史認識を国内に抱えています。
しかし、そうした自由な言論が、かつての戦勝国である米英仏や、敗戦後、すべてを解体させられただけでなく、言論の自由まで破棄させられているドイツなどと比べれば、はるかに日本は確保されています。
そしてそれこそが、天皇の存在のありがたさですし、終戦後の昭和天皇や、その側近の皆様の国民を思う心の賜物であるのです。
そのことを、わたしたちは、再度自覚したいと思います。 そしてそういう真実の自覚に立てば、売国左翼の妄言など、人としてまさに「恥ずかしい」振る舞いであることが、再認識できようかと思います。 』
上記によると戦時中に戦勝国が隠さないといけないような恥ずべき行為を行っていたのに対して、日本軍の行ったことは、ほとんど隠す必要がないまっとうな行為であったということではないだろうか。
そうでなければ日本軍がやった行為をそのまま拡散すればよいだけのことだが、戦勝国は日本軍の「蛮行」をでっちあげるには捏造しないといけなかった。
(ドイツに関しても事実を隠さなければならなかったようだ。)
一方で、自国のやった「蛮行」は隠蔽しないといけなかったため、「言論の自由」を制限しないといけなかった。
また、その日本の「言論の自由」には、昭和天皇が大きく貢献していたことなどまったく知らされていない。
どうやら日本は以外にも敗戦国の割には、「言論の自由」は守られている方のようである。
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