自由主義と共産主義の間、グローバリズムとナショナリズムの間の今は何処? <外道たちの最中で> 切ない事情
Posted by 残心 - 2015.08.15,Sat
大東亜戦争の前と後では、西欧列強の植民地が様変わりしたのは事実。
隣国を 解放したが われ亡び 長期で内部崩壊させられる日本
実際に 成した解放 事実なり 隣国にとっては最上の幸
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「日本は敗戦したが、目的は達成した」みたいな主張を見ることがある。
しかし勝たなければ負け惜しみにしかならない、とも思う。
ただ基本的に、我々の先人は恥ずべきことはしていない、というのは間違いない。
・終戦の詔勅 (ねずさんのひとりごと)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
《 勝手に要約 》
戦争は始まりました。
その戦争において、日本が戦況有利となった時点で、早期講和を図り、米英仏蘭が、それに呼応して戦争を終わらせていたら、その後の世界はどのようになっていたのだろうかと、考えてみるのです。
米英仏蘭の講和の条件は、東アジアからの日本軍の撤退です。
台湾、満州、朝鮮半島は、そのまま日本に維持されたかもわかりません。
ですが、ベトナム、ミャンマー、マレーシア、ラオス、カンボジア、タイ、シンガポール、インドネシア、インド、フィリピン等における米英仏蘭の植民地支配は、戦前の状態に原状復帰する、100%間違いなく、これが講和のための最低条件となったであろうことは、想像に難くありません。
つまり、21世紀となった現代においても、香港は英国領であったであろうし、ベトナム、ラオス、カンボジアは、いまでも「フランス領インドシナ」であったであろうし、ミャンマー、タイ、インド等は英国領、マレーシア、シンガポール、インドネシアは「オランダ領インド」等のままであったことでしょう。
さらに、アフリカの諸国も、いまだに植民地であり、世界は、英米仏蘭ソなどの、ほんの一部の国家が、世界を牛耳り、民族の独立や自立、有色人種への差別と虐待は、おそらく今なお続いていたのではないでしょうか。
このことは、言い換えれば、日本がギリギリまで戦い続けたことが、結果として世界から植民地を一掃することになった、ということを表しています。
もういちど整理しますと、
1 早期講和の成立 = 世界の植民地はそのまま保持
2 日本が戦い続けた = 世界から植民地が消えた
ということになります。
もし早期講和を実現していれば、間違いなく、日本は、日本の独立自存は果たすことができたけれど、その逆に、東亜諸国自存独立は「なかった」ということです。
ところが、戦時中の日本は、東亜諸国に対して、独立自存のためのあらゆる教育を行い、人材を育成していました。
もし、日本が早期講和を実現していれば、それは彼ら東亜の若者たちを裏切ったことになります。
いったん口にしたことは、守る。
それが武士道です。
だから日本は、彼らが真に独立できる力を身につけるまで、死力をふりしぼってでも戦い続けるしかなかったのです。
隣国を 解放したが われ亡び 長期で内部崩壊させられる日本
実際に 成した解放 事実なり 隣国にとっては最上の幸
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「日本は敗戦したが、目的は達成した」みたいな主張を見ることがある。
しかし勝たなければ負け惜しみにしかならない、とも思う。
ただ基本的に、我々の先人は恥ずべきことはしていない、というのは間違いない。
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