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自由主義と共産主義の間、グローバリズムとナショナリズムの間の今は何処? <外道たちの最中で> 切ない事情 
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Posted by - 2024.05.18,Sat
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Posted by 残心 - 2016.12.14,Wed
「自由」というのは明治になって作られた言葉ですが、当初は「わがまま・無秩序」のような解釈が一般的だったようなのです。
近年では良いイメージしかないようですが・・・。
【佐藤健志】今日から自由貿易を「無防備主義」と呼ぼう!  (「新」経世済民新聞)

《 勝手に要約 》
〈自由〉はイメージがよろしい。
開放的で明朗、無限の可能性を感じさせます。

エドマンド・バークも『フランス革命の省察』で、
高らかに自由を謳うことについて、こう語りました。

「そこには胸を熱くするものがある。
われわれは大きな心で寛大に行動するようになるし、
争いの場では勇気をかき立てられる」
(『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』、307ページ)

となると、それに制限を加えようとする保護主義は
閉鎖的で陰鬱、重苦しく抑圧的ということに。

のみならず「過保護」からの連想で
〈そんなことをしていると、経済や産業がひ弱になってしまう〉
といった印象が生じる恐れも強い。

自由貿易への固い決意を示し、
保護主義の蔓延を食い止めねばならない!
そう叫びたくなるのも、分からなくはないのです。

しかし自由貿易の「無限の可能性」が、
実際に意味するのはずばりこれ。

(`ヘ´) (O_O)!!多国籍企業のやりたい放題!!(O_O) (゜◇゜)ガーン

それに制限を加えることで
国家および国民の利益を守るというのは
しごく当たり前のことにすぎません。

そこで!
「自由貿易」の語感の良さが
上記の認識を広める障害となっているのであれば
事柄の実態をより的確に表す言葉に変更することを提唱します。

どんな言葉に変更するのか?
無防備主義(NON-PROTECTIONISM)」。

「保護」の反対概念を「自由」にすること自体、
完全に的外れとまでは言わないまでも
どこかズレているのですよ。

自国の市場、あるいは国民経済を守ろうとする姿勢を示さないのですから
「無防備」の方がよほどふさわしい。
そして「保護」か「無防備」かとなれば
保護の方がいいに決まっている。

みなさん、今日から自由貿易を「無防備主義」と呼ぼうではありませんか!

市場原理を愛する
多国籍企業の公正と信義に信頼するだけでは不十分だ!!
国民経済を守る固い決意を示し、
無防備主義の蔓延を食い止めねばならない!!!

こう高らかに宣言してこそ
真に愛国的な政治家と言えるでしょう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何もかも 自由で楽しい 無法地帯    誤る国策
自由とは 法が通じぬ 力の世     誤った言葉の解釈
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「自由」の解釈を明治当初に戻して、もっと「わがまま・無秩序」というイメージを持って受け止める必要がありそうですね。

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Posted by 残心 - 2016.11.27,Sun
古いネタだが今でも有効なので、あげておきます。
避難所に届かない支援物資 自衛隊はなぜ積極的に活動しないのか
  (世界のニュース トトメス5世)

《 勝手に要約 》
自衛隊は食料を配ってはならない

熊本地震の避難所に、支援物資が届かない、あるいは大量に余っているという問題が起きています。
災害が発生する度に同じ事が起きていますが、その原因はなんでしょうか。
避難している人の数は10万人に達すると言われているが、正確な人数は分かっていません。
避難所の数も数百箇所といわれているが、小さな避難所や車中泊の人も居て、どこに何人居るかを把握していません。
国や他地域からの食糧や物資は、基本的に自治体に届けられ、避難所までは届けません。
自衛隊もトラックから「ドン」と荷物を降ろして任務終了で、各避難所に届けたりはしません。

なぜしないかというと、自衛隊は自治体の要請を受けて出動し、自主的に行動してはいけないからです。
「あそこに食料を待っている人が数人居る」と自衛隊が勝手に判断して食料を配ると、一部の人の言い分では憲法違反です。
驚くことに日本では巨大災害などの時に自衛隊は「何もしてはならない」事になっています

これを忠実に実行したのが阪神大震災の村山首相と、東北地震の菅首相で、彼らの立場に立つと法律を遵守しただけです。
たとえ目の前に助けを求めている人が居ても、まず上官に報告し、防衛省から首相官邸に報告します。
首相も勝手に判断する事はできず、該当する自治体から救助要請があって初めて、自衛隊に出動許可を出します。
自衛隊員がお握りを配るのも、熊本県知事が要請して、首相が許可して初めて出来ます。

世にもばかげた国

こういうバカバカしい国が「日本国」であって、自衛隊員が災害時に人助けなどしたら、罰を受けて謹慎や減俸になります。
さすがにこれはマズイというので、阪神大震災より後の災害では、時の政権によって柔軟に対応しています。
今回の熊本地震で自衛隊は熊本県の要請が出る前に勝手に出動し、救援部隊を現地に派遣していました。

過去の行動パターンから推測すると、官邸の許可を得る間も惜しんで、首相には事後報告したと考えられます。
こういう事も実は憲法違反で自衛隊法にも違反していて、被災者へ勝手に食料を届けることも禁止されているのです。
今回初めて自衛隊は、自治体ではなく避難所、被災者へ隊員が直接物資を届ける試みを行っていますが、厳密にはこれも違法行為です。

自衛隊が何かやろうとするたびに、処分されたり糾弾される危険を犯してやっているので、これが効率的な対処の邪魔をしています。
こういう制度になっているのは、軍隊が直接災害支援をするのは「軍国主義だ」いう考えからで、どんな事でも自治体からの要請と首相の許可が必要です。
ところが自衛隊法や憲法改正に反対を主張する人ほど「自衛隊が動かなかった」「自衛隊が助けなかった」と嘘をつくのです。

自衛隊が被災者を助けない理由はこれで分かりましたが、自治体が受け取った食料や物資は、なぜ平等に配られないのでしょうか。
平等に配る為にはまず、どこに何人いるのかや、年齢や男女別や健康状態を把握しなければなりません。
これをやるのは役所の職員で、普段は生活課や総務課など、関係ない仕事をしている人が、突然狩り出されます。

災害救助隊の非現実さ

ボランティアや住人も居ますが、住民が勝手に物資を持ち出すのを許したら、それはそれで問題になるでしょう。
つまりどこに何をどのくらい届ければ良いか、誰も知らないし運ぶ手段もないのでした。
「災害庁を創設するべきだ」という意見も出ていますが、これも問題があります。

自衛隊にしても災害庁にしても、他国が侵略してきたり、災害が起きるまでは「無駄飯食い」なのです。
「いかなる無駄も絶対に許さない」とレンホーは言っていたが、こういう考え方の日本人はかなり多い。
何十年に一度あるかないかの戦争に備えるより、自衛隊を廃止して福祉予算に回せというような意見です。

災害もまた何十年に一度あるかないかで、もし起きなければ数千人か数万人が無駄だった事になり、軍隊と変わりません。
すると「軍隊と災害救助隊を一緒にしてしまえばいい」と考えますが、法律や憲法で禁止している(と主張している人が多い)
世界で最も災害に効果的に対処できる組織は、皮肉な事にアメリカ軍で、災害救助隊とかではありません。

国は義援金にも関与しない方針でしたが、東日本大震災では外国からも多額の寄付があり、国として受け付けて管理しました。
これも本来は各自治体が勝手にやり、国は関与しない事になっています。
軍隊と同じで、国が災害支援するのは「戦前の国家主義への回帰だ」という理由で、国は災害では何もしない事になっていたのです。

激甚災害の指定や国から被災者への金銭支援という制度も、あまりに制度の欠陥が酷いので、後で付け足した制度です。
欠陥は日本国憲法そのものにあり、国や軍隊による災害支援を禁止している(と主張する人が多い)から、いつも後手に回るのです。

そろそろ憲法でも何でも、良い方向に変えていくべき時なのでは??

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Posted by 残心 - 2016.10.15,Sat
フォープレイ  (Fourplay) ・・・ ちょっと長いが・・ 。



ベテランたちによる、落ち着いたフュージョンって感じ。

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Posted by 残心 - 2016.09.17,Sat
日本の政治家は、ほとんどグローバリストだらけのようです。
【三橋貴明】グローバリズムとの戦い(後編)  (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

《 勝手に要約 》
 要するに、我が国には緊縮財政構造改革といったグローバリズムを推進する勢力が、大きく「二つ」あるという話です。

 一つ目は、かつての小泉政権、現在の安倍政権に代表される、自民党の構造改革主義者たちです。分かりやすく書くと、竹中平蔵氏が支持する政治家たちです。
 そして二つ目は、蓮舫氏に代表される国籍否定主義者、あるいは「地球市民系」のグローバリストたちです。構造改革主義者にせよ、地球市民にせよ、モノ、ヒト、カネが国境を越えて移動することを「善」とするグローバリズムの支持者であることに変わりはありません。

 何しろ、我が国では、いわゆる「保守派」と呼ばれる石原慎太郎氏、櫻井よしこ氏らにしても、バリバリのグローバリストです。保守、と呼ばれる言論人や政治家たちまでもが、国境を否定するグローバリズムを叫び、移民に賛成するのです

 結局、我が国は右も左も、国境を否定するグローバリズムや緊縮財政に賛成するという話なのです。

 別の言い方をすると、我が国では「いわゆる保守派」も「リベラルな地球市民」も、共に日本国家を否定するという点で変わりがないのです。わたくしに言わせれば、新自由主義者も共産主義者も、「国民経済」を軽視し、「経世済民」から遠ざかるという点では同じです。

 ウォール街の連中も、中南海の連中も、「国民」を軽視し、自己の利益最大化を図る、厳密には自己利益最大化が実現する政治を実現しようとする点で同じなのです。

 現在の日本国に必要なのは、右だ左だ、保守だリベラルだ、と、国民が互いに攻撃し合うことではないでしょう。

 上記の構造を理解し、国民が「国民意識=ナショナリズム」に基づき、経世済民の道を探ることです。

 わたくしたちは、国民一人一人が「My Country=祖国」を意識し、政治を動かさなければ、最終的に国民が分断され、グローバリズム=コーポラティズムに席巻されかねない瀬戸際にあるのです。
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あんたもか グローバリスト 花盛り   異様な日本の支配層
日本に なかなか見られぬ 日本愛    反日が善か
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
構造改革主義者、国境否定の地球市民系、どちらもグローバリスト。
保守派もリベラル系地球市民も、日本国家否定。
「我が国は右も左も、国境を否定するグローバリズムや緊縮財政に賛成する」

惑わされず、日本のための政策を願うのみ!
個人的には、日本を肯定するように教育を変えなければ何も変わらない、と思ってます。
せめて歴史を歪曲して子供たちに教えることはやめないと・・・。

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Posted by 残心 - 2016.09.05,Mon
日本はいつからか左翼的な社会になってますよねぇ。
【三橋貴明】みんなで経済成長を成し遂げ、豊かになろう  (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

《 勝手に要約 》
長期デフレで「ルサンチマン」が溢れた日本社会では、何かといえば「他人を攻撃」しようとする傾向が見受けられます。

例えば、安倍政権が秋の臨時国会で補正予算を組み、経済対策を実施することが決まった途端、
財源は公務員給与を削って確保しろ!
と、まさにルサンチマン丸出しで公務員を攻撃するコメントや意見を幾つも見かけました。

あのね、今の日本は「デフレギャップ」を抱えているのです。デフレギャップとは、総需要の不足です。

とはいえ、実際に公務員給与を削ると、間違いなく国内で消費や投資という「需要」が減ります。そのとき、公務員が買うのをやめたモノやサービスは、もしかしたら「貴方」が生産しているかもしれません。

その場合、今度は貴方の給与が減らされることになります。国民同士が足を引っ張り合い、総貧困化していくわけですね。

企業の内部留保に対する課税も、資産課税であり、端から筋が悪いことに加え、やはり「大企業ばかりが利益を貯め込んで」といったルサンチマンが背景にあるように思えます。

企業が内部留保(特に現預金)を貯め込んでいるのは問題ですが、何しろ我が国はデフレです。こんなデフレで儲からない国で、果敢な設備投資などできません。

更には、デフレが継続している限り、どうしても将来の「利益縮小」を想定してしまうため、人件費に給与を回すことにも逡巡してしまいます。問題は、とにかく「デフレ」なのです。

そういえば、日銀のマイナス金利政策関連でも、「銀行」に責任を押し付ける傾向が目立ちました。

日本の銀行が国内で貸し出しを増やさないから、デフレ脱却できないのだ。悪いのは銀行なので、懲罰的なマイナス金利は正しい
といった論調です。現実の銀行の貸出態度判断DIは、バブル期並みに緩和されているのですが。さもなければ、長期金利がマイナスになるはずがないでしょ。

いずれにせよ、この種の「誰かのせいにする」というルサンチマン的なマインドが、我が国のデフレ脱却を妨げているように思います。一般の日本国民はもちろん、官僚や政治家、言論人にもその傾向がみられます。

やめましょうよ。デフレ期に他人の脚を引っ張ったところで、自分も転ばされるだけですよ。

他人を攻撃するのではなく、「日本国民、みんなで経済成長を成し遂げ、豊かになろう」。この当たり前の考え方を、国民一人一人が持つべきだと考えるのですが、いかがでしょうか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
公務員が 大企業が 銀行が     いつも誰かが悪者に
マスコミが 一部を報じて 見えなくし   全体像が歪んで見える
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日本の国柄を取り戻すべき。

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Posted by 残心 - 2016.08.28,Sun
本当に悪い奴だったのですね・・・「デフレ」・・・!!

 
【藤井聡】改めて宣言します。デフレこそが諸悪の根源です。
  (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

《 勝手に要約 》
このグラフは、主要各国の名目GDPの推移を示しています。かれこれ5,6年前にはじめて作ってみたのですが、その当時ですら、デフレのせいで日本がどれだけ、国際的地位が凋落しているかがありありと分かったのですが、この度改めて作ってみて、さらに事態が悪化しているのを確認し、暗澹とした気分になってしまいました。

ご覧の様に、90年代後半まで、日本のGDPはアメリカや欧州と並べても、それほど遜色ない水準の経済力を持っていたのですが、90年代後半に日本がデフレになり、成長出来なくなってしまいます。一方で、世界各国は順調に成長していきます。

そして今となっては、取り返しのつかない程の大きな格差がついてしまいました(ちょうど、東京と大阪の間の格差の様な感じですね 苦笑)。

日本の経済力(名目GDP、あるいは、国民の所得)は既に、

  中国とは「2倍」、
  アメリカとは「4倍」、そして、
  ヨーロッパとは「5倍」、

もの埋めがたい格差がついてしまったのです。

そして、全世界GDPに占める日本のGDPはかつては18%(1998年時点)もあったものの、2014年にはその三分の一程度の5.9%にまで縮小してしまったのです。

つまり、かつては、日本と言えば「侮り難い経済大国」と世界中から思われていたとしても、今となっては取るに足らないつまらない中小国に成り下がりつつある――という次第です。


《 勝手に要約 》
これは、実質賃金(つまり、物価の低下を加味した上で、実際上、どれだけのモノしか買えなくなっているのか….を示す賃金)の推移です。

ご覧のように、デフレに突入した1998年から、日本人の実質賃金は減り続け、今となっては、かつての1割以上もモノが買えない国民になってしまっているのです(なお、このグラフからも明らかなように、2014年の増税によって、実質賃金はかつて無い程に急激に低下しています。増税が事態を深刻化させたのです)。

・・・

さらに言うなら、最近、TVのニュースの解説を毎週やっていて、毎週しみじみと感じていたのですが。。。。ほとんど全ての現在の「事件」「ニュース」の背後には、デフレの問題が大きく横たわっているのが実情なのです。

もちろん、それぞれの問題には固有の事情があることは間違いありません。しかし、「大局的」な視点から眺めれば、デフレがあらゆる問題の背後の背後に大きく横たわっている様がありありと見て取れます。物事を「大局的」に眺めて考えてみるのは、しばしば少々骨の折れる作業となってしまう時があるのですが、是非、下記の各項目を、頭を柔軟に柔らかくして考えてみてもらいたいと思います。

【待機児童問題】 昨今話題になっている待機児童問題。もしもデフレがなくて国民所得が高ければ、わざわざ共働きをしないという女性も増え、待機児童それ自身が少なくなる。しかも、GDPが高ければ当然、税収も多いのだから、保育園をたくさんつくることもできる。だから、待機児童の問題そのものが、デフレがなければあっと言う間に無くなってしまうことは十分にあり得るのだ。

【介護問題】 昨今では「介護」の現場で、高齢者達が介護士達に「虐待」を受け、最悪のケースでは「殺害」までされるような事件が発生している。これについももしもデフレがなく、GDPが高ければ、政府はより多くの税収を得ることができるから、より良質な介護施設をつくり、介護士の給料を高くすることができたはずだ。同じく、介護の依頼者の所得も高いだろうから、介護士の給料も上がっていったはずだ。そうなると、より良質な介護士が介護をする、という状況が生まれていき、虐待をするような悪質な介護士達を現場から排除していくことも可能となるだろう。

【スキーバス事故(安全問題)】 先日、スキーバスの事故による15名の命が失われる、という痛ましい事故が起きた。この事故もまた、デフレが重大な背景要因になっていたことは間違い無い。そもそも、この事故は、素人に近い運転手がスキーバスを運転していたから生じたと言われている。なぜそのような運転手が雇われていたのかと言えば、バス会社がデフレで儲からず、まともな運転手を雇うことが出来ないバス会社が増えていったからであった。もしもデフレさえ無ければ、バス会社は十分な給料を用意でき、結果、多くの人々が運転手を希望し、不適格な運転手は早晩排除されていったはずなのだ。

【シャープ身売り問題(日本メーカーの衰退問題)】 より経済に直結する問題に着目するなら、最近では、シャープが台湾企業であるホンハイに買収されるという、日本国民としては複雑な心境にならざるを得ない事態が生じた。これもまた、デフレの帰結と言わざるを得ない。もしも日本がデフレにならず、成長し続けていたのなら、日本人はより多くの買い物をし続けた。結果、シャープの収益も確保され、「身売り」しなければならない程の事態には陥らなかったことは明白だ。

【東京一極集中・地方衰退問題】 一方で、東京一極集中の問題もまた、デフレが産み出した問題だ。もしも、デフレがなければ、あらゆる企業の業績が良質なものとなる。そうなれば、別に東京に進出しようとしなくても、地方として十分にビジネスが成立することとなる。ところが、デフレになり、ビジネスが厳しくなれば、巨大マーケットを抱える都会でしかビジネスが成立しない、という状況になる。その結果、デフレが深刻化すればするほどに、地方が衰退する一方で都会への一極集中、とりわけ東京一極集中が進行してしまうのだ。

【防災・教育・防衛力等(行政サービス劣化問題)】 さらには、インフラの老朽化問題や防災問題、学校教育の質的劣化の問題など、政府の行政サービスが十分に高ければ緩和されている問題はいずれも、デフレがその重要な背景要因となっている。そもそもデフレだからこそ、税収が減り、結果として、十分な行政サービスが出来なくなっているのである。
 なかでもとりわけ深刻なのが、防衛力だ。日本の防衛費はGDPのおおよそ1%程度を推移している。だからデフレにならず、世界(あるいは、欧米諸国と同等の)の趨勢でGDPが推移していたとすれば、日本のGDPは2倍や3倍になっていたはずだ。

【政府の借金問題(累積債務問題)】 もしもデフレがなければ、GDPは年々成長していき、その結果、税収も毎年拡大していった。しかしデフレになったことで、GDPは衰退し、そのあおりを受けて税収も大きく落ち込んだのである。税収のピークは1990年の60兆円だったのだが、それがデフレのために大きく低下、最悪の時には20兆円以上も縮小し、2009年には39兆円にまで落ち込んだのである。一方で、社会保障費等は年々増えていったのだから、政府の借金が増えていったのも無理からぬことだったのだ。

【少子化問題】 さらには、少子化の問題も、デフレがなければさらに「緩和」していたことも間違い無い。もちろん、少子化の原因には多様なものがあるが、その中の最も重要な要因の一つが経済問題である。所得が低ければ、何人もの子供をもうけることができない。せいぜい一人か二人しかもうけられない、という事になる。一方で、所得が高ければ、三人、四人ともうけることができる。というかそれ以前に、所得が低ければ働き続けなければならず、結婚するチャンスが遠のき、なかなか結婚できない、ということにもなる。

【外交問題】 最後に、さらに別の角度から言うなら、デフレさえなければ、北方領土問題もまた、全く違った展開を見せていた事も間違い無い。そもそもかつては日本はヨーロッパ全域や、アメリカとほぼ「互角」と言える水準の経済力を持っていた。しかし今や、日本はアメリカの四分の一、ヨーロッパの五分の一にまで凋落した。そしてかつては日本の敵ではなかった中国に負い抜かれ、今や中国の半分程度の経済力にまでなってしまった。
 そんな「経済小国」、ロシアとしても重視しなくなったとしても致し方なかろう。だからデフレさえなく、世界のGDPシェアを維持し続けることができていたなら、北方領土を巡る情勢は、今とは全く異なったものとなっていたことは、間違いない。

 ――以上、いかがでしょうか。

例えば、自分の家庭が急激に貧しくなれば、教育も娯楽も住まいも付き合いも、何もかもオカシクなっていったとしても致し方ないですよね。今の日本はデフレによってまさにそのような状況に陥ってしまったのです。

「貧すれば鈍する」――日本がデフレのせいで貧しくなったことで、全ての歯車が狂い始めたのです。

だからこそ、あらゆる政治課題の中でもデフレこそが、最重要な課題となっているのです。

改めて現実を見せられると、絶句。 何も言えねえ・・・。
こんな情報こそ新聞で見たいもんだね。

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Posted by 残心 - 2016.08.05,Fri
よく名前は聞くけど、中身はよく分からない・・・。
長いけど載せておきます。

『シオン議定書』 - 第二次世界大戦を勃発させた人間獣化計画の基本文書  (日本の面影)
                 『シオンの議定書』 全文 要約

【第一の議定】

■我々は空しい言葉の遊戯を捨てて、思想の本質を究め、比較と推理で事態を明らかにしよう。
この方法で我々の思想が、ユダヤ人の立場と非ユダヤ人=ゴイム(家畜=豚、家畜化)の見地からして、どんなものになるかを、はっきりさせるつもりである。

この世界には性善なる人間より、低俗な本能に生きる者のほうが、遥かに沢山いることを忘れてはならない。だから政治においてもっとも効果的なのは、学者の議論などではなく、《暴力》と《恐怖》なのである。

■人間と称する残忍な獣を現在まで抑え、つないできたのは、そもそも何であったろう。人類社会を形成した原始のころには、荒々しい暴力に服したし、その後には法律に従うようになった。
だが、この法律にしたところで、所詮仮面を被った暴力に他ならないではないか。
こうした自然の法則から推して、正義は力であるといってよいであろう。

■民衆はどんなことにせよ表面しかわかってないし、非理論や矛盾に誘われやすいが、そんな者を相手に理性的な助言や説得が功を奏するだろうか。
彼らは浅はかな感情、迷信、習慣、伝統、感傷的な説に同調しやすく、党派根性に陥りがちである。この党派根性というものは、どんなに論理的な合意といえどもぶち壊してしまうものである。
民族の決議はすべて偶然か、表向きだけの多数決によるのだが、それは政治の裏取引きを知らないために、みすみす理にかなわぬ議決をさせられ、政治の中にアナーキズムの芽が兆すのである。

モラルに制約される政治家は、政治家失格である。そんなことではとても権力の座は維持できない。
政治家たるものすべてから策謀と偽善を用いなければならない。

民衆にあたっては美徳とされる誠実や率直さは、政治においてはむしろ罪悪である。どうしてかといえば、こうした徳目は最強の政敵よりもいっそう確実に政権を転覆させてしまうからである。
これらの道徳は非ユダヤ人の特徴であってもよいが、我々ユダヤ人は、決してこれを学んではならない。

■アルコールに酔い痴れ、みずからを喪ったあの動物どもを見たまえ。
“自由”が彼らに泥酔を許したのだ。
もちろん我々ユダヤ民族はこんな状態に陥ってはならない。
非ユダヤ人は強い酒に浸って馬鹿になっている。

彼らの青年は古典の過度の研究で頭がボケており、さらに我々の手先――つまり金持ちに雇われた家庭教師、メイド、家政婦や、娯楽施設にいる女たちにより若いうちから悪徳に誘われる。
「社交界の貴婦人」も同類で、放蕩や贅沢の真似に忙しい。

■“自由”という空しい観念は民衆をかり立て、統治者などは、国家の所有者たる人民に委任された管理者に過ぎず、使い古しの手袋のようにいつでも取りかえられるものだ、と思いこませることができた。
人民の代表者が自由に取替えの効くものだということは、我々の思う壷で、実際に代表者の任命は我々が握ったようなものである。

【第二の議定】

■我々にとって、戦争がなるべく領土的な利益をもたらさないようにさせることが、必要である。そうすれば、戦争は経済という領域で清算されるが、この領域においてなら、各国は我々の力の優越を認めないわけにはいかない。

こうして双方の交戦国は、どんな地の果てまでも散らばっている我々のエージェントの思いのままにされてしまう。このエージェントは無数の眼を光らしていて、どんな国境もこの活動を阻止できない。
こうして、我々の方は各国家の法律を無効にしてしまい、ちょうど国家の法律がその国の人民を律するように、我々の方が各国を支配することになるだろう。

■非ユダヤ人は歴史の事実の公正な観察によらず、批判的検討をせず結果だけを求める機械的な理論に耽っている。
だから、我々は彼らの意に介することはない。チャンスが到来するまでは、我々は彼らを楽しませ、新しい歓喜や過去の追憶に浸らせておこう。

我々は彼らに吹き込んだ科学の法則を信じこませ、疑わないようにさせなくてはならない。このために我々はマスコミを使い、理論に対する彼らの盲目的な信仰を高めるのである。
非ユダヤのインテリは、その学識を誇りとし、理論的証明をしただけで、我々のエージェントが集めておいたことにも気付かず、すべての学説を、我々の必要とする方向に実行するだろう。

■近代国家は、人民の中に世論をまき起こす大きな力を握っている。
つまりそれは新聞である。新聞の使命は民衆の要求をはっきりさせ、人民の不平を表現し不満を煽り立てることである。
言論自由の勝利は新聞によってもたらされた。各国政府は、この威力を利用するすべを知らなかったので、それは我々の手中に落ちた。
我々自身は新聞の背後に身を隠し、我々の勢力を伸張させた。
新聞により大いに黄金の山を築いた。それは血と涙の海においてであった。
我々の多くの同族も犠牲にしたが、我々の同胞一人の犠牲は神の前では非ユダヤ人の千人に価するのである。

【第三の議定】

■権力者たちに権力の濫用をさせるために、我々は、すべての勢力を欲しいままに独立させ、互いに争わせた。このため、我々はあらゆる企てを進め、あらゆる党派を力づけ、権力を得ることをすべての野心家の目標にさせた。
我々は、非ユダヤ人の国家を騒乱の競技場にした。
もう少しすれば、暴動と破綻は随所におこるだろう。
おしゃべりな弁論家は、国会と行政会議の場を、討論会場にしてしまった。
あつかましい新聞記者や恥知らずなコラムニストは、毎日、政府当局を攻撃する。
権力者の濫用は最後にあらゆる制度の瓦解を招き、すべては煽られた民衆の圧力で崩れ去るだろう。

【第四の議定】

■非ユダヤ人に思想と観照の暇を与えないために、我々は、彼らの関心を商工業にひきつけなければならない。そうすれば、すべての人民は自分の利益の方に没頭して、共同の敵を見逃すにちがいない。
自由が非ユダヤ社会に瓦解させてしまうために、工業を投機的基礎の上におかなければならない。そして工業が大地から取り出した富は、非ユダヤ人の手から投機家を通じ、すべて我々の金庫に収まるのである。

■経済生活で優越を得るための激しい闘争と市場での絶えざる投機は、人情酷薄な社会を現出するだろう。そして、高尚な政治や、宗教に対して嫌気がさし、金儲けに対する執念だけが唯一の生き甲斐になる。
彼らは金で得られる異質的快楽を求め、金を偶像視してしまうだろう。
そこで彼ら非ユダヤ人の貧乏人どもは、高邁な目的の為とか、自ら財を蓄えるためではなく、ただ上流社会への嫉妬にかられ、我々に付き従い、我々の競争者たる特権的な非ユダヤ人に反逆するのである。

【第五の議定】

■一時的に非ユダヤ人による世界同盟が、我々を負かす事があるかも知れない。
しかし彼らの間に深く根を張っている、抜き堅く強い軋轢によって我々は救われる。
我々は、二千年も前から非ユダヤ人の間に、個人的、国家的、民族的、宗教的な対立、憎悪をつのらせるよう作為してきた。

■いつの時代でも民族は、個人としてもそうだが、言論を行動と錯覚している。
それでは、彼らは、その感情に訴えるものだけで満足し、公約が実行されたかどうかを見届けることをしない。だから、我々は、見栄えのする特別委員会でも設け、いかに進歩に心を砕いているかを知らせるのである。

■世論を支配するためには、各方面からいくつもの相反する意見を発表させ、非ユダヤ人の判断を迷わせ、結局、政治は何の意見も持たない方がましだ、と思い込ませるのである。
つまり、政治はそれを司るものだけが理解できるもので、民衆には、所詮わからぬものと悟らせる。これが我々の第一の秘策である。

政治を成功させる大切な第二の秘策は、民衆の欠点、悪習、欲情を助長し、社会生活上の取り決めを複雑化することだ。するとその混乱の中で誰もが訳わからなくなり、人間同士互いに理解し合えなくなる。
こうして我々は、人々の心の中に不和の種を蒔き、我々に従おうとしない集団を攪乱し、個人でも我々の妨げをする者は骨抜きにしてしまう。

【第六の議定】

■我々は前にも増して商工業に保護を加え、とりわけ投機を奨励しなければならない。この投機のねらいは工業を不安定にすることである。
さもないと、工業は個人資本を増大させ、農業の改良に役立ち、農業銀行が地主に貸付けた、せっかくの債務を返済されてしまうこともあるわけだ。
だから工業が土地から得る富を取り上げ、投機を通じ、世界の財宝が、我々の手に収められるようにしなければならない。こうして非ユダヤ人は無一文になり、ただ生きてゆくためだけに、我々の前にひざまずくだろう。
彼らの工業を破壊するため、我々は投機の他にもう一つ思い切った贅沢を広めるのである。つまり華やかなものへの強い欲望、財力を使い果たしてしまうような激しい欲望を募らせるわけだ。

【第七の議定】

■我々はヨーロッパ大陸と他の大陸において騒乱、闘争、不和をかき立てなくてはならない。それで我々は二重の利益を得る。
第一に、各国とも我々の指一本で暴動でも鎮圧でも思いのままということを悟り、我々に一目置くようになるだろう。
そして、我々の存在を必要悪と見ることに慣れるにちがいない。

第二に、我々が政治的手段、あるいは経済上の契約、債務関係で、各国政府機関にあらかじめ張りめぐらしてある網を使い、陰謀によって縺れさせる。
この目的を貫徹するには、会議や交渉で、多くの狡猾さや奸計を用いなくてはならない。表向き公式のいわゆる外交辞令では、全く反対に、きわめて正直で物わかりがよく振舞うのである。

非ユダヤ人の政府当局者や人民には、この表向きしか見えないようにしてあるから、いつまでも我々を恩人であり、救済者だと考えるだろう。
政治的成功を収める秘訣は、腹の中を隠すことである。
だから外交官は、言行不一致でなければならない。

【第八の議定】

■我々の政府はあらゆる文明の同盟軍に囲まれ、その中で行動しなければならない。その同盟軍というのは新聞記者、弁護士、行政官、外交官その他、我々の特殊学校で特別教育を受けた人々である。
これらの人たちは、社会の裏街道を知り、政治的言語を解し、人間の深層心理と急所をつかんでいる。

■我々の政府には、多くの経済学者が控えている。これは経済学者がユダヤ人教育の柱であるからだ。
多くの銀行家、工業経営者、資本家、特に大切な百万長者(今風に言えば億万長者で、1兆円を超える資産家)にも取り巻かれている。
どうしてかといえば、実際、万事、金の世の中だからである。

目立った政府の要職にユダヤ人同胞を就けることがまだ危険な間は、他の人間、それは過去の経歴からして人民との間に大きな隔たりのある者を替わりに置く。
また、もし我々の指令に従わないようなら、死刑か追放にでもなりそうな人物をもってくる。そうすればこれらの人物は臨終の際まで、我々の利益を擁護することになるからだ。

【第九の議定】

■非ユダヤ人の制度をせっかちに破壊しないため、我々は、きわめてソフトに事に取り掛かった。まず、かつては規則正しく動いていたぜんまいに細工をし、これを自由主義的放縦を仕掛け、不整脈を打つようにした。
こうして、我々は、裁判、選挙、マスコミ、個人の自由、ことに本当の自由の基礎である教育を崩したのである。我々は、それが嘘であると百も承知の主義、学説を非ユダヤ人の青少年に教え、彼らを欺き愚鈍にし、腐敗させた。

現行の法律を改定せず、条文を正反対に解釈することによって、法の意味を歪曲し、驚くほど成果をあげた。
まず多様な法解釈で法の真の精神が覆われ、ついに政府までも混迷して、法をどう処理してよいかわからなくなってしまった。
そこで法は法典でなく、良心で解釈するという理論が出てきたのだ。

諸君は、非ユダヤ人が事前に我々の計画に気付いたら、武器を持って我々を襲うというかも知れない。だがこれに備え、我々は、どんなに勇気ある者も震え上がるような最後の手段を持っている。
やがて世界のすべての首都には地下鉄網が張りめぐらされるが、いざという時にはここから首都の建物といわず、文書といわず、爆破してしまうのである。

【第十の議定】

■我々が国家体制の中に、自由主義という毒液を注射して以来、各機関はすべて変化した。今ではどの国家も〈死に至る病〉壊血病に浸されており、断末魔の苦しみを味わっている。

自由主義は、非ユダヤ人にとって健全だった専制政治を廃し、立憲政治を生み出した。諸君もご存知のように、憲法とは闘争と対立をかり立て、国の機能を弱め、個性的価値を奪う無益なものである。
議場も新聞も、国家の行動力を奪い、支配者を無用化してしまう。
それで多くの国で元首は廃された。そして共和制への道が開け、我々は、伝統のある帝王の替わりに、ロボットの大統領を作った。この大統領は民衆の中から、それも、我々に奴隷のごとく仕える者を選ぶのである。
これこそが我々が非ユダヤ人国のすべての地下に埋設した爆薬であった。

近く我々は、大統領の行動について責任規定を設けるだろう。
そこで責任はすべて我々のダミーに押しつぶされ、我々は、何の心配もなく計画推進に専念できる。これで大統領になろうという者が減ってもかまわないし、候補者難になろうと結構だ。
どちらにしても動乱が起こって国家は破滅するのだから。

■「奴等を追い出してしまえ。永遠の争いの因である国境だの、宗教だの、国債だのをなくして平和と安らぎをとり戻そう。この政府や国会では、どうしようもないのではないか。我々すべてを統一し、救済する世界の王を与えよ」などと、人民をこうした絶叫に導くのには、諸君もご存知のように長い年月の工作が必要である。

我々は絶え間なく、あらゆる国で、政府と人民の関係を撹乱しなくてはならない。
民衆を憎悪、闘争、欠乏、餓えにさらし、悪疫の伝染でふらふらにし、結局我々の金力とその支配下に入る以外にないように追い込むのだ。
もし人民にちょっと一息入れさせると、このチャンスは逃してしまうだろう。

【第十一の議定】

■クーデターの時こそ、我々の望む憲法を一挙に成立させる唯一の機会である。

■我々はクーデターで民衆が胆をつぶし、頭が混乱しているうちに統一性のある新憲法を彼らに強制しなければならない。
大事なことは我々が何にも増して強く不敗であり、民衆の鼻息を伺う必要がないばかりか、下手に反抗でもしようものならすぐさま弾圧されてしまう、と印象付けることである。我々は既に全権力を掌握し、たとえ如何なる理由でも絶対に彼らに権力のお裾分けをしない、と思い知らせなければならない。
そうすれば、彼らは恐怖のあまり眼を閉じて、事態を傍観するほかないだろう。

非ユダヤ人は羊の群れで、我々は狼である。狼が羊の群れのいる牧場に侵入したらどうなるか、諸君はよく知っているだろう。
羊は目を閉じてしまう。非ユダヤ人民衆も同じように閉める。
なぜなら、我々は平和の敵を平定し、敵対する党派を倒してしまいさえすれば、取り上げた自由をすべて返してやると約束するからである。
彼らが自由を取り戻すまで、どれ程長く待たなければならぬか、諸君に改めて申し上げるまでもないだろう。

【第十二の議定】

■どんな情報も、我々の眼を通さずには公表されないだろう。
世界のニュースは、若干の通信社によって集められ、そこでリライトされ、初めて各新聞社、諸官庁に流される。
現在ある程度まではそうなっているが、やがて通信社が、我々の支配下に属し、我々が許すニュースだけが伝達されるようになるだろう。
我々は、今でもほとんど非ユダヤ人の思想界を牛耳っているので、彼らは世界の事件を我々の色眼鏡を通して見るようになっている。
哀れなる彼らが〈国家の秘密〉などと称しているものは、今でもすべて筒抜けである。だから我々が世界の王として君臨したときには、いったいどうなる事だろう。

もう一度新聞の将来に立ち戻るとしよう。
新聞、雑誌、書籍といった、いわゆるジャーナリズムはすべて許可制にし、どんな些細なことでも、違反すれば即時認可取り消しにする。
こうすればジャーナリズムは、我々政府の握る教育手段になり、人民が埒もない進歩の白昼夢に憧れることもなくなるだろう。

■再び新聞の問題について述べよう。

我々は、新聞を始めすべての出版物に、ページ数による印紙税をかける。
三十ページ以下の小冊子には二倍の税を課すことにする。
こうして出版物として安直に刊行されやすく、もっとも有害な情報を流す雑誌の数を制限することができる。ライターはライターで、部厚い本を書かざるをえないが、そうすると値段は高くなるし、退屈であまり人は本を読まなくなる。
ところが、我々の側の出版物は、我々の方向へ世論を形成しようというもので、値段を安くするので飛ぶように売れてしまう。税で著作への欲求を抑え、処罰の脅しで、ライターを我々の傘下におさめるのである。

それでも我々に反逆を試しみる者もいるだろうが、そんな著書を引き受ける出版社も印刷所も許可制で、発行前には出版の許可を受けなければならないからだ。

こうして我々は非難もあらかじめわかるし、敵が出版する前に先手を売って反論することも可能だ。出版と新聞は、二つとももっとも重要な教育手段である。
だから我々政府はこれらほとんどの定期刊行物の所有権を獲得する。
これで政府は民営新聞の害を除き、民心に継続的な影響を与える。
反対派の新聞雑誌の十に対し、こちらは三十で太刀打ちする。

■我々の新聞がこちらの政策を批判したり、攻撃したりするが、あくまでもそれは表面だけのことで、核心に触れるようなことはない。
また公然たる政府機関紙とも華々しい論戦をしたりするが、それも政府機関紙が第一報で意を尽くせなかったことを、詳しく補足して報道させるためである。
これも必要で有利なときしかやらせない。

新聞に我々を攻撃させるのは、人民に対し、まだ完全な言論の自由があると信じさせることにもなる。
また反対派の新聞は、ナンセンスな反対を唱えている。

政府の政策を批判する事実上の根拠がないではないかと、我々の同志がPRすることができる。こんなトリックは一般にわからないし、我々政府への、人民の信用を高めることになるだろう。
我々は時に応じ状況に従い、国政に対する世論を刺戟したり鎮めたりできる。
我々は、ある時は真実、ある時はデマを流し、説得したり、逆用したりする。
それは民衆がどう反応しているかを見て対応するのであり、事実に基づいて述べもするし、また事実否定もしなければならないのだ。つまり、いきなり大地に飛び降りたりせず、足でそっと触ってから、地上を踏みしめるわけである。

ジャーナリズムに対するこうした処置で、我々は確実に敵を征服するだろう。
なぜなら敵は彼らの主張を伝達する新聞を持ちえないからである。
それで我々は、彼らにまともな反論をする必要さえなくなってしまう。

さきに第三にあげた野党的新聞に載せられる観測気球の記事も、必要なときには、半官的新聞で叩きつぶすことができるのだ。

【第十三の議定】

■彼ら事情をさとらせないために、我々はマスコミさらにマス・レジャーを盛んにする。やがて我々の新聞で芸能、スポーツがもてはやされクイズも現われるだろう。
これらの娯楽は、我々と政治闘争しなければならない人民の関心を、すっかり方向転換させてしまう。こうして人間は次第に独立して自ら思索する能力を失い、すべて我々の考える通りにしか考えられないようになる。そのとき表面的には我々と関わりのないようなものによって、彼らに新しい思想を提供する。

我々の権力が確定されれば、自由主義的空想家の役割りは終りを告げる。
だがそれまで彼らは大層我々の役に立つ。
我々は、彼らが進歩的だと思い込んでいる空想論へ人民の考えを導いてきた。
つまり、我々は〈進歩〉という言葉を用い、お粗末な非ユダヤ人の頭脳を狂わせたのである。

物質上の発明にあてはめる以外、進歩という言葉は真理を覆うものだ、と非ユダヤ人の誰一人として気付いていない。もっとも真理は唯一ひとつあるだけで、この世に進歩の余地などあろうはずがないのだ。
神の選民である我々にしか認めない真理を、この誤った思想の〈進歩〉が覆い隠すのに役立っているわけである。

我々の時代が来たとき、今まで世界を擾乱に陥れ、ついに神聖な法律に服させた大問題を、我々の雄弁家が説明するだろう。
すべてのことが、幾世紀にもわたって我々の計画で謀られたことを誰も気付かなかったが、そのときこそはっきりするに違いない。

【第十四の議定】

■数世紀にわたる擾乱の後、ようやく得た平和であってみればなおのこと、我々の支配の恩恵がわかろうというものである。
非ユダヤ人の政治の欠点を余すところなく描き出し、悪政への強い嫌悪の情をそそる。それで人民は名目だけの自由の権利より、安楽に暮らせる奴隷の方がましだと思うようになる。
まったくの自由の権利は長い年月、人民を苦しめ、生活の道を奪い、自らの罪を知らぬペテン師どもの搾取をほしいままにさせた。

我々が非ユダヤ人国家を覆すために、幾度となく彼らをそそのかして起こした無意味な革命に、彼らはもううんざりしているので、彼らは何でも我慢する。
そこで我々にどんなに奴隷のように扱われても、闘争や暴動の残虐さだけは真っ平と考えるわけだ。

■我々は、いわゆる先進諸国において不道徳な、劣悪な偽文字を創っておいたが、我々の世界支配後も、しばらくこれを放っておくだろう。
それは、我々の崇高は理想と、この醜悪のコントラストを際立たせるためだ。

非ユダヤ人の指導のために教育しておいた我々の賢者たちは、演説、計画、回想録などを書く。
それで民心に勢力を扶植し、我々に学問と思想の方向へ導くのである。

【第十五の議定】

■我々が、世界各国に革命を同時に勃発させ、現在の政府の無力さが決定的となったときから、我々の時代が始まる。
だがこれにはまだ相当の歳月、おそらく一世紀を要するだろう。
しかし、我々の権力が確立した暁には、我々に対して、反逆が起こらぬよう警戒しなければならない。武装蜂起する者どもは容赦なく皆殺しにしてしまう。

新しく秘密結社を設ける者も、同様に死刑にする。ただし、我々の権力が確立するまでは、フリーメイソン支部を世界各国に増設し名士になりそうな人物を引き入れる。各国の支部は重要な情報収集所であり、メイソン全支部は我々以外絶対に誰も知らない中央管理機構(イルミナティ)の下に置く。

メイソンの各支部には、それぞれ代表者がいるがメイソンの真の管理機構(イルミナティ)を覆い隠すために置かれるものであり、暗号や計画は陰の管理機構(イルミナティ)から発せられる。

■政府が基礎を固めるには、権力の威光を強めなければならない。
ところが、神秘的で揺るぎない権力の自覚がもっと高まるのは、例えば〈神の選民〉というように、その源泉が神から発している場合だけである。

ローマ法王庁を除いては、最近までこうした威力を持っていたのは、帝政ロシアであり、だからツアーはローマ法王とともに、我々の最大の敵であった。
諸君、古代ローマの独裁官スラを思い出してみたまえ。彼はイタリアを血の海と化したが、イタリア人はスラの髪の毛一本にも触れえなかったではないか。
スラが虐げた人民は、彼を神のようにあがめた。
それは彼が無類に完璧な権力を確立したからである。
彼が華々しくイタリアに帰還したとき、人民は彼を不可侵のものとした。
勇気と沈着で人民を威圧してしまえば、誰も反抗などできはしないのある。

■ 我々が公然と世界の支配権を確立したときには、その成果を踏まえ、我々の恩恵を示すためにも、一切の法律を革変するだろう。
我々の法律は簡潔明瞭、それに確定的であり、あれこれ解釈に迷うこともない。
だから誰でもこの法律を正確に理解できるのである。

■我々の法律の最もはっきりした特徴は、我が権力への絶対服従だ。
やさしいという特性は家庭生活にはふさわしいものだが、公的生活に持ち込まれてはならない。

【第十六の議定】

■大学は、我々以外の力を結集する第一の場所だから、これを廃止する。
その上で新しい綱領に基づく新大学を創設しよう。
学長や教授は、精細な秘密計画によって養育し、この計画の枠から、一歩もはみ出せないようにしておく。
彼らの任命には特別注意を払い、我々の政府に完全に従属させるだろう。

政府や国家の問題は、すべて教育課程から除かれる。
これらの科目は、優秀な人物の中から選りすぐったごく小数にだけ教える。

大学は、悲劇や喜劇の文学でも書くつもりで、憲法草案をこねまわしたり、彼らの父親さえわからなかった政治問題にくちばしを入れるような青二才を、その門から出さないようにしなければならない。
愚かな民衆が、浅薄に政治問題を研究するが空想家や不逞の人民が生まれるのである。

■もっとも過去においては、体制を崩すため、我々自身が、彼らの教育に革命の種を植え付けたのであった。だが、我々が権力を握ったからには、破壊活動の要因を作るような教科科目は、ことごとくはずしてしまう。
我々は、青年を当局に対し柔順に育て、支配者を敬愛し、平和と安らぎを柱として、信頼させるようにする。

我々は、古典と歴史の研究を廃し、未来社会の研究に眼を開かせる。
我々は、人類の記憶から我々に都合の悪い歴史事実を抹殺し、非ユダヤ人政府の欠点を目立つように描いたものだけを歴史にとどめておく。

■彼らの思索力を奴隷化させることは、すでに〈視覚教育〉と称する方法ではじめられている。
この視覚教育の主な狙いは、非ユダヤ人すべてを、脳を働かせただけでは物が考えられず、絵を見なければ何も理解できない、従順な動物にすることである。

【第十七の議定】

■我々同胞は、現在もユダヤ人の信仰や、道徳の掟に背いた者を、すべて長老会議に申告する義務をもっているが、未来の我々の世界王国でも、これと同じように、全人類に犯人告発の名誉ある義務を負わせるのだ。
こうした方法で我々が意識的に非ユダヤ人社会に広めておいた職権濫用、贈収賄といった諸悪を絶滅する。

そんな弊害を自ら普及しておきながら、というかも知れないが、それ以外に彼らの政治、社会を混乱させる、どんな有効な手段があったろうか。混乱助長のもっと重要なポイントは、秩序維持を果さなければならない高級官僚たちを、彼らの悪癖、つまり偏狭性と権力の濫用、特に収賄を盛んにさせたことである。

【第十八の議定】

■わがユダヤの王は、目に見えない護衛だけで守られる。
我々の王が陰謀を怖がって身を隠すのだといった考えさえ人民どもに起こさせてはならない。それでは非ユダヤ人支配者と同じことで、王、又はその後裔に対し、近い将来の死刑宣告になってしまうだろう。

■王を外面的な警備で防衛するのは、その権力の弱さを露呈したものだ。
我々の王が人民の中を巡察するときには、我々は偶然そこにいた物好きな群集を装ってさり気なく王の周辺を取り巻き、いわゆる群衆はあまり接近させないようにする。こうした模範を示すと人民もやがて静かに慎み深い態度をとるようになる。

もっとも、誰かが人垣をかきわけて王に請願書を差し出そうとしたら、前列の者がそれを受け取り、みんなが見ている前で王に取り次がなければならない。
こうすることによって人民は請願書が王に披見され、王自ら国務に関心を寄せられることを知る。
権力威信は人民が「王はご存知なのだ」とか「王はわかって下さるにちがいない」と確かに言えるときにだけ保たれるものなのである。

【第十九の議定】

■政治犯が英雄視されることをなくすため、我々は彼を窃盗、殺人の破廉恥罪の者どもと同じ席に坐らせる。
そうすれば、世間は彼らを特別扱いせず、軽蔑の眼差しで見るようなるだろう。

【第二十の議定】

■課税の最善の方法は、財産に対しての累進税だ。
そうすれば財産高に応じてなんの造作もなく、税を徴収できる。
金持ちは国が彼の財産の安全を守り、正当に富を増やすことを保証してくれるのだから、当然財産の一部を国家に納める義務があると考えなければならない。

ここで「正当に」とわざわざ断ったのは、所得の手段が合法を装った収奪は許さないという意味である。
こうした社会改革は時代の必然的な趨勢であるし、社会の平和と秩序を保つためにも、真っ先に、しかも上層富裕な階級から手がけなければならない。

貧困な階級に対する課税は、革命の萌芽となり、国家になんの利益ももたらさない。国は少しばかり所得を得るため、民心という大きな獲物を取り逃がしてしまうことになる。

累進的な財産税は、個人の富の増大を防ぐだろう。
我々が現在、富を資本家に集中させているのは、非ユダヤ人の政府の力があまり強くならないように、国庫の財力に対抗する為なのである。

■あらゆる国債は、政府が誤った行政を行い、権力を正しく行使しなかった、明白な証明である。つまり自ら弱体、無能の告白というべきだろう。
ダモクレス(註、紀元前四世紀、シュラクサイのディオニシオス一世の臣。抜き身の剣を馬の尻尾で吊るした宴に列なり、常に身に迫る危険を教えられた)の剣のように国債は、いつも支配者の頭上にぶら下がっているのである。
彼らは、人民に臨時税を課すればいいのに、我々ユダヤ人の資本家に嘆願してくる。そして外債を募るのだが、その外債というものは、国家の食いついた蛭のようなもので、これがなかなか払い落とせない。
この蛭を振り払う力は、すでに非ユダヤ人政府には残っていないし、ついにたくさんの蛭に血を吸いとられて、出血して死んでしまうほかなくなるだろう。

【第二十一の議定】

■公債発行に際しては、まず購入の申し込みを受けるが、一般の誰でも買えるように額面を安くし、(日本円に換算して)百円から千円までにする。
最初の応募者には大抵割引きする。売り出しの翌日には申し込みが殺到したという口実で、人為的に価格の釣り上げを行う。数日後には予定発行高となり財務省の金庫は一杯で、もう金をしまう場所もない、と発表させる。

すると「それならなぜ申込みを受付けたのか」と詰問されるだろう。
もちろん「申込額が発行予定額を数倍も上回ったからだ」と答える。
これで人民が政府の債権をどんなに信用しているかを、あまねく知れ渡らせることができる。
こうしたお芝居を上演するのはいいが、後に債務がどっさり残ってしまう。

まず利払いの逃げ道は、ご多分にもれず、また新公債の発行である。
債務と利子の負担がさらに増える。
そして公債発行能力も限度を越すと、新しく税を取り立てる他にない。
それでも、やっと利払い程度で、公債の元金返済までには至らない。
いわば新税も借金のための借金である。

【第二十二の議定】

■我々は、現代社会における最も偉大な力―〈金〉を持っている。
ものの二日もあれば、我々は必要なだけの金を、耳を揃えてお見せする。
我々の世界征服が、神の御旨によることを、これ以上証明する必要があるだろうか。我々の偉大なる富、これは今まで幾世紀にも渡って重ねてきた悪を、きれいさっぱり洗い落とし、これを人類の真の幸福と秩序のために役立たせる。

多少暴力を使うかもしれないが、秩序は確立する。
我々の法律にさえ従えば、この苦しみ多き地上に、真の幸福と自由をもたらし、平和と秩序を与えるのである。だが“自由”とは無論、放縦ではない。「信教の自由」、「平等」、「権利」などのスローガンがないと平和が到来せず、人間の尊厳が保たれないのだと、よく知らせておかねばならない。

【第二十三の議定】

■繰り返し述べるが、人民は彼らとは隔絶した強大な権力にだけ、絶対服従するものである。この強い力こそ社会的混乱から彼らを守ってくれると信じるのだ。
彼らは王に天使のような優しさなど望んではいない。
彼らが求めているのは、不屈の権力の化身である。
現在の非ユダヤ人政府を取り巻く社会は、我々によって頽廃させられ〈神〉までも喪失し、至るところにアナーキーの炎が燃え盛っている。

【第二十四の議定】

■我々は、シオン賢者たちが、いままであらゆる障害を乗りこえて、世界の問題を処理し、人類の思想を導いてきた故智に学ぶだろう。
それは、我々が望む方向に人間を教育するということである。
ダビデの裔の何人の賢者が、王とその後継者の教育をする。
王権の相続は世襲ではなく、個人の素質、能力に基づくようにする。
選ばれた者たちに政治の要諦を教えるのだが、その際、他の誰にもその秘密が洩れないようにしなければならない。
こうして、政治はその秘訣を知った唯一人の者によってのみ行われる、という原則が保たれる。

陰謀論 !

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Posted by 残心 - 2016.07.27,Wed
最近、民主主義の限界が露骨になってきていないか?
【佐藤健志】民意のツジツマ、ないしその欠如   (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

《 勝手に要約 》

三つの世論調査に表れた民意を、あらためて列挙すれば以下の通り。

1)経済の現状には不満である!
2)ただし積極財政には反対だ!
3)公共事業にカネを使うな!
4)経済対策のためでも、赤字国債の発行は良くない!
5)消費税引き上げには賛成だ!

要約すれば、
経済の活性化につながることはやらず、経済をさらに悪くするのにつながることをやって、経済を良くしろ!

ツジツマも何もあったものではない。
そんなこと、どうやってできるのでしょうか?
―――――――――――――――――――――――――――――――
「民衆の声は神の声などと言い張る者たちに、お耳を貸されてはなりませぬ。民衆とはつねに騒々しく、狂気じみたものだからでございます」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リスクなく 利益を上げよと 人の言う   好き勝手な民意
現実を 理想の世界に 変える夢     夢見る民意
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やはり「哲人政治」しか理想の政治は無理なのか?
しかし哲人は何処にもいないのでは?

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